引退を考えている社長に、まわりはM&Aか廃業の話しかしません。ところが実際に伴走してみると、降りる理由が「デジタルについていけない」だけ、という方が少なくないんです。今日は、社員さんの独立まで準備していた社長が引退を撤回し、工場の大改装へ進んだ話をします。
同級生の早期引退を見ると、なぜか焦ってしまう
60代も後半に入りますと、こんな話が耳に入ってくるようになります。
「あいつ、早期退職で悠々自適らしいで」
別にうらやましいわけではありませんし、自分はまだやれます。それなのに、なぜか焦るんですよね。
年齢が上がると、悩みの種類が入れ替わります
そもそも社長といっても人の子ですから、年齢によって見えているステージが違います。
30代40代は、イケイケどんどんでよかった時期です。売上を伸ばすことだけを考えていればよかったわけですから、悩みも単純でした。
それが50代になりますと、人を育て始めます。自分が動くより、任せるほうを覚えていく時期ですよね。
そして60代、まして70代が近づいてくると、引退が視野に入ってきます。ここで悩みの中身が、ガラッと入れ替わるんです。
このまま続けて、社員さんはどうなるのか。会社はいつまで続けるべきなのか。買い取ってもらうという話も聞きますが、それで本当にうまくいくのか。
つまり事業を伸ばす話ではないんですよね。降りる話になってしまいます。
降りる話は、誰にも相談できません
しかも厄介なことに、この手の話は誰に相談したらいいのかも分かりません。
同業の集まりで「うち、そろそろたたもうかと思ってまして」なんて、言えませんよね。取引先にも言えません。社員さんにはもっと言えません。
振り返ってみますと、ここがいちばんしんどいところだと思います。
M&Aと事業閉鎖、それ以外の答えはないのか?
当社のお客様にも、70代を目の前にして引退を考えているという社長は当然いらっしゃいます。

引退のゴールは、案外定まっていません
そこで共通していることが1つあります。引退に向けてどういうゴールを置くのか、これが案外定まっていないんです。
お話ししているときは、はっきり決まっているようにおっしゃいます。しかし年が変わりますと、言うことが変わっている。目指すものがずれている。そういう印象を受けることが何度もありました。
誤解のないように先にお伝えしますが、責めているのではありません。そもそも決めようがないんです。だって前例がないんですから。
会社を始めたときの話は、誰でもしてくれます。うまくいった話も、失敗した話も、いくらでも聞けます。ところが、たたんだ話は誰もしてくれませんよね。
決まらないまま、選択肢だけが2つに絞られていきます
そうやって決まらないまま、時間だけが過ぎていきます。そのあいだにも、まわりからはM&Aと事業承継の話がやってきます。
で、気づいたら選択肢が2つしか残っていません。誰かに売るか、たたむか。
本当に、それだけなんでしょうか。
デジタルの時代についていけないだけなのに
僕はこれまで、年齢の高い社長さんにM&Aや事業承継を語りかける人たちを、たくさん見てきました。
本当にM&Aが解決になっているのか?
ずっとそう思っていました。そして今なら、はっきり言えます。
経営判断でも体力でも需要でもない
事業意欲が高い。社員さんの生活もある。市場のニーズもある。それなのに、デジタル中心の世の中についていけないという、その一点だけで降りようとしておられます。
そういう方は、まだリングを降りる必要がないんです。
だって、問題点ははっきりしているんですから。経営判断でも、体力でも、需要でもありません。パソコンとインターネットのところだけなんですよね。
問題点が1か所なら、そこを解決すればいい
言い換えれば、切り分けの問題です。
降りる理由が5つあって、そのうち4つが自分ではどうにもならないことなら、それは降りどきかもしれません。しかし降りる理由が1つだけで、しかもそれが解決できる種類のものなら、話は変わります。
そこさえ解決すれば、まだ現役でいられます。
じゃあ、具体的にどういうことが起きるのかって話ですよね? 実際にあった話をご紹介します。
社員さんの独立まで準備していた社長が、引退を撤回しました
地方で、製造と施工をされている会社の社長のお話です。
この方、引退を決めておられました。それも口だけではありません。手塩にかけた社員さんが今後も自分で収入を得られるように、独立の道まで作って、すでに進めていた状態です。
そこまでされた方が、今どうなっているか。
後継者を決めたうえで、ご自身の現役目標を先に延ばされました。そして現在、工場の大改装を準備されています。
何が起きたのか、順にお話ししますね。

詰まっていたのは、企画ではなく写真と文章でした
この社長は毎年、広告をいつ打つかというところまで計画を立てておられました。ところが、いざ作るとなりますと納得のいくものが仕上がりません。その年その年の話題に合わせて内容を変えるのも難しい。
で、原稿が納期に間に合わない。売るタイミングを逃す。これを毎年繰り返しておられました。
つまり原因は企画力ではなかったんです。写真と文章をパソコンで用意するところで、毎回止まっておられました。
今はAIが手伝ってくれる時代です。しかしAIに納得のいくものを出させようと思いますと、やっぱりパソコンに慣れていないと難しい部分があるんですよね。そこが壁になっていました。
期限どおりに出せるようになったら、閑散期に注文が殺到しました
そうして迎えたのが、最初の山場です。
伴走に入ってから、ついに期限どおりにダイレクトメールを出すことができました。すると、どうなったと思いますか。
普段なら閑散期と呼ばれて、電話も鳴らない時期です。そこに注文が次から次へと入ってきました。正直に申し上げて、僕のほうが驚いてしまいました。
あとで考えたら社長の意識が、180度変わった瞬間でした。
パソコンで止まらなくなりましたので、労力を広告の企画そのものに集中できるようになりました。
さらに、広告だけでは終わらなかったんです。ブログ、YouTube、SNSへの発信が、それまででは考えられないようなペースで回り始めました。
そうすると地元のお客様からの認知度が高まりました。これまで見向きもされなかったところから、ネット経由で問い合わせが来る。これが立て続けに起きるんです。
うれしい誤算ですよね。
「もう設備投資しても意味がない」が、逆になりました
引退が近いのだから、これ以上の設備投資に意味はない。そうおっしゃっていた方です。
その意見が180度変わりました。これからも事業に必要な設備投資を行うということで、現在は工場の大改装を準備されています。
そうなんです。降りるつもりだった人が、設備を増やす側に回ったわけです。
後継者にとっても、悪い話ではありません
ここまでは社長ご本人の話をしてきましたが、これは引き継ぐ側にとっても悪い話ではないんです。
感覚で語られていた経営判断に、基準が付きます
これまで、家業にマニュアルなんてありませんでした。感覚で経営を語る。それが当たり前でしたよね。
親父の感覚なんて時代遅れ、そんな気分で振り回されたくない。息子さんや娘さんがそう思うのも、無理もありません。だから尻込みするのも当然です。
ところがデジタルの問題を解決していく過程で、面白いことが起きます。
ブラックボックスだった部分に、はっきりしたロジックが付くんです。何をどう判断しているのかを、そのつど言葉にしていくからですね。
引き継ぎマニュアルが、勝手にできあがります
そうすると徐々に、引き継ぎマニュアルが自動的にできあがっていきます。
後継者の方にしてみれば、判断の基準と行動のサンプルが、引き継ぐ前から手元にある状態です。感覚に頼っていた経営判断が、基準に基づいた形に変わっていきます。
経験が浅いからと尻込みしていた方でも、これなら引き継げるんですよね。そうすれば、お客様によいサービスを提供し続けることができます。
言い換えますと、半自動で回る組織を作ることが、そのまま承継の準備になるということです。
やりたくない仕事を続けろ、という話ではありません
誤解のないように先にお伝えしますが、僕は、やりたくもない仕事を歳をとってから無理して頑張ってくださいと言っているのではないです。
事業意欲があって、社員さんの生活があって、これからも社会に貢献しようと思われていて、市場のニーズもある。そういう場合に、無理に会社を売り飛ばしたり、適任ではない人に任せたりする必要はありませんという話です。
そしてこれは、定年退職のあとに起業を考えておられる方にとっても同じです。やりたいことははっきりしている。経験も人脈もある。ただ情報発信とデジタル処理だけが引っかかっている。そういう場合、その引っかかりはもう解消できます。
まだまだ事業を、あなたのハンドリングで10年20年と続けることはできる時代になりました。そしてそれを可能にしているのがデジタルなんですよね。
ってことで、引退を考えておられる社長にお伝えしたいのは1つだけです。
降りる理由を、一度書き出してみてください。そこに並んだ理由が「デジタルについていけない」だけだったなら、それは降りる理由になっていません。解決できる部分だからです。
解決してから決めても、遅くありません。
