アマチュア講師だった頃
自分の店の売上を伸ばしたノウハウを、講演で話すようになっていた時期がありました。アマチュア講師のつもりでした。本業はあくまで店の経営で、講演はおまけ。一生、畳屋を続けるつもりでいました。
ホームページ制作の仕事を通じて知り合った仲間数名と、ビジネスプランを練る合宿をやろうという話になりました。日本から離れて、非日常の中で知恵を絞りたかった。参加者の投票で、偶然選ばれたのが台湾でした。
台湾で見た現実
合宿の合間に、仲間のリクエストで、現地の同業者を訪ねることになりました。
正直、タカをくくっていました。同業者と言っても台湾だし、厳しい状況なんだろうな、さぞ惨めな光景なんだろうな、と。
しかし現実は、想像とまるで違いました。
その業界の9割が、台湾では既に消滅していました。生き残っていたのはトップ10%。技術一流、販売一流、集客も手を抜かない。そういう事業者だけが、残っていました。
そして残った台湾の畳屋さんは、戦略的にも、資材が日本から来ない状態でも手元の材料で何とかする技術的な逞しさも、あらゆる面で日本が劣っていることを実感させました。自分たちは、あまりにも恵まれた環境で、ぬるま湯に浸かり続けていたのです。
「これが10年後の日本なんだ」
吐き気を催すほどの危機感でした。技術だけでもダメ、販売だけでもダメ。一方だけでは、長く続かない。台湾で見たのは、その事実を身をもって証明した光景でした。
軟禁事件と本音
セミナーが終わった後、私は参加者に軟禁されました。
「俺たちを見捨てていくのですか?」
「お前はこの講座が終わったら、俺たちを見捨てて日本に帰ってしまうんだろう。日本に帰っても、俺たちの面倒を見てほしい。イエスと言うまで、この台湾から返さない」
正直なところ、困っていました。突然訳のわからないことを言われても、という気持ちでした。「見捨てる」と言われても……と思っていました。
「合宿の補講という形で講座を設定する」と約束して、なんとかその場をしのぎました。
帰国後の峠道
帰国後、業界の重鎮に相談しました。
熊本の勉強会の帰り、車の中。人里離れた峠道に差し掛かった時、その方は静かにこう言いました。
「あなたのお母さんは、あなたを理解しないまま死んでいくでしょう。あなたのお父さんは、あなたを恨んで亡くなってしまうかも知れない。しかし島田くんはもう、戻れない道を歩みはじめているのがわかる?」
そして、こう続けました。
「イエスと言うまで、この車を降ろさない」
台湾でも日本でも、軟禁される運命らしいのです。
使命の実態
こうして、中小企業を支援するという道が決まりました。
ただし、英雄的な決意があったわけではありません。頼まれたら解決策を考えるタイプなので、環境に合わせていった。それが実態です。
一生、畳屋を続けるつもりでもありました。使命が降りてきて一念発起、という綺麗な話ではなく、周囲から求められて、断れない状況が重なって、気がついたら、この道にいました。
「9割が消滅する未来を、変えませんか」——これは、台湾で見た現実に基づいた言葉です。煽り文句ではなく、実際に目の当たりにした光景から出た言葉です。
だから、会員増が目的にならない
この原体験があるから、RMMSは会員数を増やすこと自体が、目的になっていません。
台湾で見たのは、技術だけでもダメ、販売だけでもダメ、という現実でした。だからRMMSでは、両方を扱います。そして「数を集めて回す」ビジネスモデルではなく、一人ひとりの経営者と長く向き合うスタイルを取っています。
結果として、会員の長期継続率は、非常に高くなっています。




