前の晩に資料を作り込んで、当日は聞かれてもいないことまで説明して。それで最後は「検討します」で終わる。この終わり方が何度か続くと、だいたいこう考えますよね。
「説明が足りないから決まらないんだ」
次はもっと分かりやすい資料を作ろう、もっと丁寧に説明しよう、と。気持ちはよく分かります。僕もずっとそっちの方向に直していました。
ただ、原因が説明不足なら、しゃべればしゃべるほど契約は増えていくはずですよね。現実はそうなりません。
今回は、RMMSのコミュニケーション講座でお伝えしている中から、「商品の説明に時間を割いてはいけない」という一点だけを取り出してお話しします。僕は昔から、話術で場を持たせるのがまるで苦手な人間です。商談はいつも段取りのほうで何とかしてきました。なので今回も、うまい言い回しは一つも出てきません。出てくるのは、誰がしゃべる時間を持っているか、という配分の話だけです。
自分がしゃべっている間、相手の意向は通りません
多人数に伝えるのと、一対一で聞くのは別の仕事です
まず、この話がどの場面のことなのかをはっきりさせておきます。目の前にお客様が一人いて、その場で決めてもらう場面です。講座ではこれをクロージングと呼んでいます。
チラシやホームページや広告は、これとは別の仕事になります。講座では二つをこう分けています。
- マーケティング。対象は多人数、手法は伝える、目的は販促と集客
- クロージング。対象は一対一、手法は聞く、目的は契約
見ていただきたいのは、手法の欄です。片方は伝えるで、もう片方は聞く。真ん中に線が引かれていて、やることがまるごと入れ替わっているんですね。
僕は長いこと、この二つを同じものだと思っていました。チラシで反応の取れた説明を、そのまま商談の席でも並べていたわけです。紙で伝わる説明なんだから、目の前の人にはもっと伝わるはずだ、と。ところが同じ言葉なのに、紙では返事が返ってきて、目の前ではどんどん空気が重くなる。自分の話し方が下手なせいだと思っていました。
そうではなかったんです。話し方ではなく、その場でやるべき仕事の種類を間違えていました。
説明の量と契約率は比例しません
講座のテキストには、原則がひとことで書いてあります。商品の説明に時間を割いてはいけない。

理由も一行だけ添えられています。自分がしゃべっている間、相手の意向は通らないから。
これだけだと当たり前に見えるので、少し噛み砕きます。商談の持ち時間は決まっていますよね。1時間なら1時間しかありません。そのうちこちらが40分しゃべったら、相手に残るのは20分です。
でも、説明が長くなればなるほど、相手が自分の事情を話す時間は減りませんか?減ります。そして相手の事情が出てこないまま、こちらの都合だけが並んだ状態で「いかがですか」と聞くことになるわけです。決まらなくて当たり前なんですね。
比べるなら、資料の枚数ではありません。相手がしゃべっていた時間で比べてください。資料を厚くした商談と、相手が長くしゃべった商談。講座で契約に近いとしているのは、後者のほうです。
使う場面は商談だけではありません
ついでに、この聞き方が効く場面を挙げておきます。講座では8つ並べています。
- クロージング
- 社員との面談
- 取引先との調整
- クレーム処理
- 入社面接
- 仕事の教え方
- 子育て
- 家族との接し方
社長が一対一で人と向き合う場面を、そのまま並べたような一覧ですよね。売る場面だけの技術ではありません。この記事では商談を例に書いていきますが、社員や家族に置き換えて読んでいただいて構いません。
最優先は、聞いてもらえないという思いを手放してもらうことです
では、説明を減らして空いた時間で何をするのか。講座での最優先は、相手の話を聞くことです。もう少し正確に書くと、相手に「聞いてもらえない」という思いを手放してもらうことです。
ここは順番から説明しないと伝わらないので、少し戻ります。講座では、理想的なコミュニケーションを「相手が進んで協力してくれる関係」と定義しています。そのうえで、買う環境が整っていたら人は当然買う、という前提を置きます。だからやることは、説得ではなく環境の整備なんですね。
整える環境は、場面によって変わります。
- クロージングの環境が整っているから、物が売れる
- 学習の環境が整っているから、面談がうまくいく
- セラピーの環境が整っているから、仕事を覚えてもらえる
三つとも、こちらが何を言ったかではなく、相手がどういう状態かという書き方になっています。
これが分かるまで、僕は商談の準備というと資料の準備のことだと思っていました。足した分だけ手応えがあるはずだと信じて、前の晩にページを増やしていくわけです。それで当日、頭に入れたはずのことがなに一つ出てこないんですよね。帰り道のあの空振りの感じ、覚えのある方は多いと思います。
準備する場所が違っていました。整えるのは資料ではなく、相手が自分の話をしていい状態のほうです。
人は、認めてもらえていない感を溜めています
説明を減らして聞く。言うのは簡単なんですが、なぜ聞くだけで相手が動くのかが分かっていないと、商談の最中に手が止まります。ここからは、聞かれた側に何が起きているのかを分けて見ていきます。相手はお客様でも、社員でも、家族でも同じです。
承認欲求と、認めてもらえていない感
講座はこれを、人の側の構造で説明しています。
誰しも「認めてほしい」という承認欲求を持っています。そしてそれと同時に、「認めてもらえていない感」のほうも溜まっている。この溜まっているほうを埋めていくと、対人関係が良くなる、という組み立てです。
埋め方そのものは難しくありません。相手の意向を汲み取っているというサインを、出し続けるだけです。相手に関心を示す。聞いているというサインを出す。
サインの例が、テキストに二つ並べてあります。
聞いているサインは「それどうなったの!?」。聞いていないサインは「ふーん…それよりさ」。
これだけの差なんですが、言われた側に残るものは正反対です。前者は、もう少し話していいんだと感じます。後者は、この人に話しても仕方ないと感じます。そして後者を出した本人は、たいてい自分が何を出したか気づいていません。
「私も好きです」ではなく「最高ですよね」で返します
サインの出し方で、講座がいちばん細かく指定しているのが返し方です。I agree ではなく I know で返す、と書いてあります。英語が出てくると身構えますが、中身は日本語の言い回し二つの差だけです。
相手が一杯目のビールの話をしたとします。
だめな返しは「私も一杯目のビール好きです」。いい返しは「一杯目のビールって最高ですよね」。
ほとんど同じに見えますよね。違うのは、誰の話になったかです。
前者は、同意しているようで、自分の好みの表明なんです。主語がこちらに移っています。だからこの先は、こちらの好きなビールの話が始まりがちです。
後者は、相手が出したものをそのまま受け取って返しています。主語は相手のままです。だから相手は続きを話せます。
僕はこれを教わったとき、少し気まずくなりました。自分の口ぐせが完全に前者だったからです。悪気なんてまったくなくて、むしろ話を合わせているつもりでいるんですよね。合わせているつもりで、毎回こちらに話を持って帰ってきていたわけです。
感情を表す言葉が出たら、ペースを落とします
もう一つ、いつ返すかという指定があります。相手が「感情を表す言葉」を話しているときです。そこで一旦ペースを落として、感情のほうを受け取る返事をします。
感情を表す言葉として、テキストに挙がっているのはこういう言葉です。
- 楽しい
- めんどくさい
- 嬉しい
- 懐かしい
- 欲しい
- 恥ずかしい
- 難しい
- 怖い
- 辛い
- つまらない
商談中にふつうに出てくる言葉ばかりですよね。「あの工事、正直めんどくさかったんですよ」とか。「新しいのが欲しいのは欲しいんだけどね」とか。
こういうとき、多くの人は事実のほうを拾います。めんどくさかったと言われたら何がどう大変だったのかを聞き、欲しいと言われたら商品の説明を始める。段取りとしては正しく見えます。
でも相手が今出したのは、事実ではなく気持ちのほうなんです。気持ちを出したのに事実の質問が返ってくると、受け取ってもらえなかったという感じだけが残ります。さっきの、認めてもらえていない感がまた一つ溜まるわけですね。
だから速度を落とします。落として、めんどくさかったんですね、と気持ちのほうを先に受ける。事実を聞くのは、そのあとで間に合います。
相手が8割しゃべる場は、こうつくります
ここまでが、なぜ聞くのかという話です。最後は、明日の商談でそのまま使えるものだけを並べます。どれも、うまいことを言う技術ではありません。
会話のさしすせそを、5つとも決めておきます
まず、相づちの言葉を先に決めておきます。講座では「会話のさしすせそ」として5つ用意しています。
- さ さすがですね!
- し 知らなかったです!
- す すごいですね!
- せ せっかくなので
- そ そうなんですか
並べてみると、ずいぶん調子のいい言葉に見えますよね。最初に見たとき、僕もそう思いました。
なぜこれが効くのか、テキストには理由が一行だけ書いてあります。自分の意見を相手に押し付けていないから。
5つとも、こちらの評価が入っていないんです。さすがですね、も、すごいですね、も、相手の話をそのまま返しているだけで、こちらがどう思ったかは言っていません。そうなんですか、にいたっては中身がありません。中身がないから、相手は続きを話せるんですね。
でも、5つも覚えたら本番で選ぶのに迷いませんか?迷いません。むしろ、返し方はこの5つだけと割り切ったほうが、その場で言葉を探さずに済むので身につくのは早いと思います。
話しはじめの言葉と、相づちの速さで失敗します
次に、やらないことを二つ。講座に失敗例として挙がっているものです。
一つ目は、話しはじめの言葉選びです。このあたりが頭についたら失敗します。
- でも〜
- しかし〜
- っていうか〜
- いや〜
否定から入ってしまうと、感情の共有ができなくなる、と説明されています。やっかいなのは、この4つが口ぐせだということですよね。反対する気なんてまったくないのに、話をつなぐ音として「いや〜」から入る人、多いです。僕もそうでした。中身では同意しているのに、頭についた二文字だけで、相手には否定として届きます。
二つ目は、相づちを早く打ちすぎることです。対処は、応答の速度を相手に合わせること。返事まで3秒かかる人が相手なら、こちらも3秒かけてから返します。
これ、聞いた瞬間は地味すぎて拍子抜けするんですよ。でも、やってみると自分がどれだけ早撃ちだったかが分かります。相手が考えている途中に、こちらの相づちがかぶさる。かぶさった時点で、相手は話すのをやめます。言葉の上では「なるほど」と受け取っているのに、動作としては話を止めているわけです。
速い相づちは、熱心さの表れのつもりでやっています。それが相手の口を閉じさせているとは、まず思っていません。
身を乗り出して聞きます
では、相手には何をしゃべってもらうのか。講座では雑談のテーマまで決めてあります。
入門編は、相手が自慢できる話です。
- 得意分野
- 趣味
- 昔の栄光
- 武勇伝
上級編は、過去のキャリアです。創業のきっかけや、これまでの人生について聞いていきます。
これを身の上話と呼んでいて、聞くときのポイントが3つ挙がっています。
- 相手が8割しゃべる
- 身を乗り出して聞く
- 自分はもてなす側だと10回唱える
一つ目が、この記事の題名にした配分です。8割です。半分ではありません。
二つ目は姿勢の話で、これは相づちより先に相手に届きます。背もたれに体を預けたまま「さすがですね」と言っても、まず伝わりません。
聞き方の見本として、返しの言葉も並べてあります。
- そういう決断をされたのですね
- ご家族の反対はそうやって乗り越えられたのですね
- その選択があるから現在がおありなのですね
- そういう資産を引き継がれたんですね
- 世の中に役立ててらっしゃるのですね
全部、相手の人生の話ですよね。商品の話は一つも出てきません。
自分はもてなす側だと、何度も言い聞かせます
三つ目のポイントに戻ります。自分はもてなす側だと10回唱える。
講座のテキストには、ここに接客業の職種名がそのまま書いてあります。言葉が強いので、この記事では「もてなす側」に言い換えました。意味は変えていません。お金をいただく側ではなく、その場を持たせる側に立つ、という意味です。
なぜ10回も唱えるのか。一度思っただけでは、商談が始まって5分で元に戻るからです。説明したい気持ちというのは、それくらい強いんですね。こちらは商品のことをいちばんよく知っていて、いいものだと本気で思っていて、しかも今日決めてほしい。黙っていられるほうがおかしいわけです。
そうなんです。だから気持ちで我慢するのではなく、技術のほうで抑えます。相づちを5つに決めて、速度を相手に合わせて、姿勢を前に倒して、8割を相手に渡す。どれも、しゃべりのうまさとは関係がありません。
もちろん、商品の説明をまったくしないわけではないです。聞き終わったあとに、相手が知りたがったことだけを答えれば足ります。そのころには、何を答えればいいかもこちらに見えています。相手が8割しゃべった商談では、相手の事情を聞いたうえで話しているからです。
順番でいうと、こうなります。
- 環境を整える(姿勢・相づち・応答の速度)
- 相手に8割しゃべってもらう
- 出てきた事情に合うところだけを説明する
説明を減らすというのは、手を抜くことではないんですね。説明する場所を、最初から最後に動かすということです。
僕のように話術のない人間には、こちらのほうがずっとやりやすいはずです。言葉を探さなくていいし、その場の機転もいりません。明日の商談で試せるのは、この3つだけです。
- 決めておいた5つの相づちで返す
- 相手の返事の速度に合わせて待つ
- 体を前に倒して聞く
