背景
実家の畳店を継いだ4代目です。朝8時から夜中の3時、4時まで働いて、年間5000時間の残業。それだけやっても売上は横ばいで、先が見えない状態でした。
それでも諦めなかった理由は二つあります。自分の能力を証明したいという気持ちと、これで結果を出せなかったら後がなかったという現実です。
本の虫になるまで
神田昌典先生の本を人から紹介されたのがきっかけで、本の虫になりました。未経験の欠けている情報だったので吸収するのに必死でした。その後、神田先生の会社で講師になるのだから運命は不思議なものです。
神田先生の本だけではありません。お金がなかったのでブックオフに行ってはカゴいっぱいに買い込んで、片っ端から読み漁りました。マーケティング、営業、心理学——使えそうなものは何でも。本棚も置き場所もなかったので、読み終わると奥さんに連れられてまたブックオフに売りに行かされました。そしてまた買います。その繰り返しです。
できる情報は全て取る。それが当時のやり方でした。この姿勢がRMMSの考え方の原点になっています。
チラシ作成と社内の反対
読んだだけでは何も変わりません。だからチラシを作りました。本で学んだことを全部つぎ込んで、自分なりに組み立てた一枚です。
ところが社員全員に反対されました。「チラシなんか出したら、仕事がない会社と思われて恥ずかしい」と。
手伝ってくれないどころか予算は降りません。邪魔もされます。夜中に一人で机に向かって切手貼りをしている時は「何でこんなことしてるんだろう」と涙が出そうになりました。
それでもやるしかありませんでした。
ポスティングの現場
出来上がったチラシを持って、夕暮れ時から一人で自転車を漕いで配りました。
配っているエリアは治安が良いとは言えない場所もあります。犬に吠えられる。玄関先に出てきた人に胸ぐらを掴まれて怒鳴られる。マーケティングとカッコ良い言葉で語ったところで、実際は泥水を啜るような場面の連続でした。
帰り道に、普段飲まないワンカップのお酒を飲みながら天を仰ぎました。
最初のチラシは、反応ゼロでした。
試行錯誤の実態
ショックでしたがやめませんでした。むしろ不思議と闘志が湧いてさえきました。何がダメだったのか考えて、チラシを作り直します。配り方を変えます。また反応を見ます。また作り直します。
ただし現実は、ポスティングチラシの修正だけではありませんでした。お客さんに手紙を書いたり、アンケートをいただいたり、新しい商品のモニターになるように頼んだり、ミニコミ誌広告を出したり。会社から経費が出なかったので、収入が少ない中でも自腹で、何とかできる順に取り組んでいきました。
結果が出るまでの順序
まず反応が出始めたのは繁忙期の仕事が増えたことです。新メニューなどが売れ始めました。閑散期の注文をコントロールできるようになったのは、その後の段階です。
そうなると職人さんも変わってきました。雇い止めの恐怖がなくなると、職場の空気が良くなります。最初はあれだけ反対していた社員が、率先してチラシ配りを手伝ってくれるようになりました。
RMMS思想との接続
「一冊の本に感動して人生が変わりました」という話ではありません。片っ端から読んで、片っ端から試して、うまくいったものだけ残しました。
全員が反対しても、結果が出れば人は変わります。でも結果が出るまでの間は一人です。その孤独に耐えられるかどうか。
RMMSが「知識を教えるだけ」で終わらない理由は、この原体験にあります。読んだだけでは変わりませんでした。行動して、検証して、自分のものにして初めて意味がありました。