阪神・淡路大震災のとき、僕は水を積んで現地へ向かって、その水を自分で飲んで帰ってきました。
大学生でした。友達と、良かれと思ってやったことです。
似たような空振りを、僕はそのあと2回やっています。
今回はその話と、なぜ空振りするのかという構造の話をします。支援の気持ちが足りなかったわけではないんです。むしろ気持ちだけで動いたから、こうなりました。
僕は3回、空回りしました
大学生のとき、水を積んで行って、自分で飲んで帰りました
阪神・淡路のころは、震災対応のノウハウなんて今ほど出回っていませんでした。
とにかく水がいるらしい。それだけを頼りに、友達と車へ水を積んで神戸を目指しました。
ところが高速道路が崩れていました。下の道をぐるぐる回ることになります。
進まないまま時間だけが過ぎて、喉が渇いて、積んできた水を自分たちで飲みました。ガソリンを減らして帰ってきただけです。
若気の至りと言えばそれまでなんですけど、帰りの車の中の気まずさは今でも覚えています。
役に立った実感は全然ないのに、やった気持ちだけは残るんですよね。これがいちばん厄介でした。
10年前は、黙って配って、そこで終わりました
2回目は10年前の熊本地震です。
当時は熊本でセミナーもやっていて、その流れで現地をお見舞いに回っていました。
ただ、お見舞いに回っていますとは言わないほうがいいと思っていました。そんなに好かれてもいませんし、僕は揉めてばっかりの人間ですから。こっそり支援させてもらうのがいちばん正しいだろう、と。
黙っていたこと自体は、今も間違っていなかったと思います。
で、何が起きたかというと、配って満足して終わりました。
ご縁をいただいた方は、そのあとすごく大切にしてくださいました。そこは本当にありがたかったです。
でも、その先が繋がらないんですよね。
一回配って、こちらが満足して、それで閉じてしまう。支援の設計として下手だった、ということです。
応援キャンペーンも何度も見ましたが、毎回同じでした
3回目は、自分でやったというより仕事で見た話です。
僕は集客の仕事をしているので、震災だから応援するキャンペーンをやりましょう、という取り組みに何度も立ち会ってきました。
企画はどれも真面目でした。やる人も本気です。
それでも毎回、同じところで止まります。
最初の2週間だけ、やたら盛り上がるんです。そのあとは、こちらが何を出しても全然反応が返ってこなくなる。
真面目にやっているのに結果が出ない。これ、経営と同じ形をしています。人の熱量を計算に入れずに計画を立てると、こうなるんですよね。
なぜ、冷めるのか
遠いほど、冷めるのが早いです
距離と関心には、はっきりした関係があります。
熊本から遠く離れれば離れるほど、みんな関心が冷めるのが早い。これが正直、驚くほど早いんです。
熊本の隣県と、東京と、北海道では、話題が続く長さが全然違います。
企画する側は、ここを読み違えます。自分は毎日そのことを考えているので、世の中も同じ温度でいると思ってしまう。
でも読者の側は、そのニュースを1回か2回見たきりなんです。
神戸のときも、東北のときもそうでした
阪神・淡路のときがそうでした。
「神戸、オリックスが優勝するまでかな」
世間の空気はそのくらいの感覚で、話題からは消えていきました。実際にはまだビルが倒れたままで、百貨店も潰れたままだったんです。
東日本大震災のときも同じです。遠い西日本では、しばらくすると話題が政治の争いのほうへ移っていきました。
住んでいる人のことは、驚くほど早く忘れられます。
言い方を変えると、震災キャンペーンはいちばん熱の高い時期にしか動きません。そしてその熱は、こちらの準備が終わる前に下がっているんです。
責める話ではありません。みなさんに日常があるからです
誤解のないように先にお伝えしますが、これは世間が冷たいという話ではありません。
みんな自分の日常があります。明日の仕事があって、家族がいて、支払いがある。だから悪くはないんです。
人の関心はそういうふうにできている。それを責めても、何ひとつ動きません。
変えられるのは、こちら側の設計だけなんですよね。
ってことで、僕は震災キャンペーンという打ち方そのものをやめました。
じゃあ、こちらは何をするか
まず、行かないことです
最初にやることは、行かないと決めることです。
僕らがツルハシを持って長靴を履いていっても、何の役にも立ちませんからね。
現地は現地で手一杯です。そこへ慣れていない人間が来ると、その人の世話が仕事に増えます。
募金が集まったからといって、朝から飛行機に乗って持って行くのも同じです。大変なときに来るなら、ヘルメットとジャージで来いよ、という話ですよね。
自重している方がいちばん正しいです。何もしていないように見えて、実は判断ができている方です。
水を自分で飲んで帰った側の人間なので、ここは強めに書いておきます。
3回目の産地は、こちらより慣れています
行きたくなる人が見落としていることが、もうひとつあります。
い草の産地の農家さんは、その多くが震災の経験者です。去年の豪雨も経験しています。今回で3回目です。
3回目になると、みんな災害慣れしてしまいます。
災害配備のスイッチが入って、すごくやる気に溢れた状態になる。今もすごいテンションでSNSに投稿されていますけど、大丈夫かなと思って見ています。
そうなんです。目の前の片付けは、こちらより現地のほうが慣れているんです。
心配して駆けつけたくなる部分は、実はもう回っている。回っていないのは、その先のほうです。
産地の分かれ目は、11月の植え付けが間に合うかどうかなんですよね。
間に合えば、一定の収量は取れます。間に合わなければ、一部は転業になります。
そして他の業種に変わってしまうと、い草に戻ることはほぼありません。
1万円で満足するのか、来年の注文を増やすのか
で、問題はその先です。
農家さんが11月に向けて動けるかどうかは、手元にお金があるかどうかだけでは決まりません。
来年、再来年の発注量が維持できなかったら、いま予算をかけて復興しようとはならないんですよ。
直したところで売り先がないなら、直す判断ができない。当たり前の話なんですけど、支援する側からはこの部分が見えません。
だから今回、僕が動いた目的はひとつに絞りました。来年以降の発注量を増やす。それ以上でもそれ以下でもないんです。
そうなると、こちらがやることは支援らしい形をしていません。
自分の店の売り方を変えて、国産の上のランクを扱えるようにする。毎年その産地から仕入れる理由を、自分の商売の中に作っておく。
地味です。写真にもなりません。
1万円寄付して、2万円寄付して、僕は頑張ったと思うのか。実際に注文量を増やして、ちゃんと貢献するのか。どっちかなんです。
このやり方は、すべての災害に当てはまるわけではないと思います。産地があって、来年の注文がある商売だから成り立っている話です。
ただ、水を自分で飲んで帰った20代の僕と、黙って配って終わった10年前の僕よりは、空振りは減りました。
寄付と注文の違いについては、8月のコラムにも書いています。
